むらさきが私を離してくれない
醬油がまずい。
少し前に会社でもらってきたお醤油が、有機のいいやつで、1本1000円近くするものなので、「これは中々かな?」と楽しみにしていた。
でも、開封して1口目でがっかりだ。
「こんなに高そうなくせに、特に美味しくないのかよ…!」と。
もちろんスーパーの市販品よりは幾分マシである。
マシではある…が…。
やっと、「あの生活」から解放されると思ったのに…。
わたしはやたらと醬油の味にうるさい。
実家が醬油醸造家でもないくせに、たまたま使っていた醤油があまりにもイイモノだったようで、それが自分の普通になってしまい、もはや市販の醬油に耐えられない。
煮物や炒め物など、ほかの調味料に混ぜて使う分には普通の醬油でもいける。というかそうしないとひとり暮らしの家計では破産してしまうので、今のゆりぼうの家には常にお醬油が2本ある。
スーパーの普通のしょうゆと、昔から手放せない「しょうゆ むらさき」。
むらさきは特別だ。
高級な料亭やお寿司屋さんへ行っても、むらさき以上のお醤油には出会ったことがない。
むらさきの味を知っていると、他のどんな醬油もただの水のように感じてしまう。市販の醬油はとにかく薄い。これはもちろん塩分濃度の話ではない。醬油としての風味も濃さも味わいも、無いに等しい。
だから、お醤油の味が特に際立つ料理は、絶対にむらさきじゃないとダメだ。
ゆりぼうが思うそれは、
焼き魚、お刺身、お寿司、卵かけご飯、塩胡椒だけで焼いたシンプルなステーキ。
その5点だ。
むらさきがお財布に対してどんなに冷酷だとしても、この5品はそうそう毎日食べるものではないので、何か月も持つ。
だからこそ、むらさきを買っても生活ができる。
これが料理のたびに必要なレベルだったら、ゆりぼうのお財布はとっくに蒸発しているだろう。
ゆりぼうはひとり暮らしのはじめ、むらさきは不要だと思った。
「ちょwwwこのお醤油こんなに高かったの?wwww スーパーの醬油めっちゃ安いのあるじゃんwwww」と。
だが、ゆりぼうはむらさきの「良さ」を知らなかったのだ。
ずっとそれが普通だと思っていて、「美味しいかどうか」もちゃんとわかっていなかったのだ。
そして、結果はむらさきの勝利だった。
彼は私を離してはくれなかった。
ゆりぼうは、もう、むらさきなしに魚を食べることは困難な身体になっていた。
(魚とかほとんど食べないくせにね、まじうける。)
そんなわけで、わたしはむらさきから離れられない。
会社からもらった有機醬油が来たとき、今度こそむらさきとお別れかと思った。
というか、ちょうどそのタイミングでむらさきを使い切ったので、いま家にむらさきはいないのだ。
だが、この調子では、結果は見えている。
近いうちに私はまたむらさきと向き合うことになるだろう。
ああ…愛しいむらさき…今行くよ…