会社辞めた28歳が10ヶ月離職して再スタート★虹いろココット

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やりたいこと、欲しいもの、ワクワクする夢。ぜんぶココットのお鍋に入れて。そっと火にかければ、きっと綺麗な虹色になる。

京アニの放火事件について思うこと

ご存知の方も多いと思いますが、京アニの事務所が放火されて34人の方が亡くなり、34人の方が重症をおっているとのことです。

 

ゆりぼうのようにアニメを愛する人にとっては、信じられない、つらい話です。

 

いまや日本のアニメは世界中で愛されているため、ツイッター上では京アニの公式アカウントに対していろんな国からの応援メッセージが届いており、アメリカなどでは支援金のクラウドファンディングもはじまっています。

また、国連総長までもが追悼の意をしめしてくれているというのもニュースになっています。

 

その一方で、日本の政治家は、あちらこちらで京アニの話を選挙のネタに利用して炎上、批難と苦情の嵐って…馬鹿なんじゃないの。

 

ファンからすれば、その発言がいかに「アニメ」というものを軽んじているかが見えすいているのでしょう。いまや自国の宝であるはずなのに、その価値も知らず、浅はかで愚かで恥ずかしい発言です。クソが。

 

悲しいことに、まだ日本の高齢層では「アニメなんかにハマる人はオタクかちょっとダメな人」みたいな一昔もふた昔もまえに1瞬だけ存在していたような価値観なんでしょうか。

 

海外にはそういうのありませんから、海外の人は日本のアニメを素直に評価してくれるし、「アニメが好き!すらばらしい!」ということにためらいがありません。今回のことも、どれだけ日本のクリエイティブ資産に打撃的なことだったのか、国内のアホ政治家よりも海外の方が理解してそうです。

 

まあ政治家の話はわりとどうでもいいのですが、やはり京都アニメーションの社員の方々のことが心配で悲しくてたまりません。

 

ゆりぼうは、アニメを作ってくれてる人は神様のようなものだと思っています。わたしは小さいころからアニメとずっと一緒だったし、転職のたびにアニメ会社への転職を本気で検討しました。

 

でも、そのたびに「自分にはできない」と思い、あきらめました。アニメを創ることはとても素晴らしいこと。でも、その現実は過酷でつらい戦いです。ワークライフバランスなんて言葉はきっと存在しなくて、アニメ制作というものに対して人生を捧げる覚悟がなければ、アニメを創る仕事はできないんだと、思いました。

 

調べれば調べるほど、それだけ大変な仕事なんだということがよくわかりました。だから、それをやっている人たちはすごい。わたしが体験してきたあの感動の時間、あの楽しかった時間、勇気をもらえたこと。ぜんぶ、アニメを創ってくれる人が、くれたものでした。それは、感謝なんて気持ちでは言い表せない、本当に尊くて素晴らしいものばかりなんです。

 

だから、わたしにとってアニメを創ってくれてる人は神様みたいな存在です。いつもいつも、そんな人たちにわたしの楽しい毎日は支えられてます。

 

わたしのように思う人がごまんといるだと思いますが、京アニの事務所にお花を供えに行かれているファンの方がすごい数いらっしゃるそうですね。

 

ニュースで観ましたが、ファンの人たちはみな涙を流しながら「京アニのおかげで友達ができたから恩人だった」「どれだけ勇気をもらったか…来ずにはいられなかった」といったようなことを話していました。

 

その気持ち、本当によくわかります。

ゆりぼうだって、勇気をもらった回数は数え切れないほどです。

 

大好きなアニメで、放映中に何度も感謝して涙を流したのはわたしだけではないはず。

 皆、思い出の作品は違うと思いますが、きっとどの作品も、数え切れないほど多くの人の夢を創って、勇気を与えて、心の支えになっていたことでしょう。

 

 

そんな素晴らしいアニメをつくってくれている方々が、今回あんなつらい目に遭って、亡くなられた方も多くて…本当に本当に悲しいばかりです。

 

 

作品や原画などの損害もすさまじく、ほとんど使い物にならないようです。なにより、そんなつらい体験をされた方が、このあともアニメを創りたいと思うのか…それ以前に、心が立ち直れるのか…。

 

そのあとにどうしたいか、それはご自身が決めることですが…ファンとしても、「今後もまた、頑張ってアニメつくって!!」とは、わたしは言えません。

 

 

ただ言えるのは、あなたがたがつくってきたものはとても素晴らしいもので、これからも多くの人を救うし、支える。だからどうか、もし自分のしてきたことやあり方に後悔したり、自分を責めるようなことがあったら…それだけは、違います、と伝えたいです。。

 

でも、それだけつらい想いをされているのかもしれないし、あまり無神経なことも言えませんが・・・。

 

とにかく、心と体の傷が、少しでも早く癒えますように。

今回つらい想いをした方々が、1日でも早く、笑えるようになりますように。

 

 

そして、亡くなった方々には、心よりご冥福をお祈り申し上げます。

たくさんの素晴らしい作品たちを、ありがとうございました。

どうか、ファンの皆の感謝の気持ちが、少しでも届いていますように。

 

 

 

 

 

 

 

お読みいただきありがとうございました。

 

過去に書いたアニメ愛への記事はこちら。

start-mylife.hatenablog.com

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【転職あるある】常識を持ちこんで損をするのは自分だけかよ

「転職あるある」なのかもしれないのですが、前の職場で「当然」「常識」だと考えられていたことって、転職先でも無意識に当たり前だと 思っちゃうんですよね。

 

だから、それが以前のようになされていないと、違和感や不満を感じることも。

 

 

そう感じること自体は、もちろん仕方ないんです。

それが当たり前の環境に、ずっといたのだから。

 

 

 

ここまでは、「転職あるある~」で済んじゃうレベルですね。

でも、これよりもっとひどいと、注意が必要。

 

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たとえば、前の職場で「○○することが大切」という常識があったとして、転職先で「○○しないことが大切」みたいに逆の常識があったとします。

 

そうすると、やはり多少は混乱するもの。

 

ここで、すぐに適応して自分の常識を変えることができる人はいいけれど、それがうまくいかないと、つまり、前の常識を引きずってしまうと、つらいことになります。

 

「〇〇することが大切」だと思ってやってきたのに、まわりは「〇〇しないことが大切」だと言う。

とうぜん自分も「〇〇しないこと」にするのですが、それに対して不満や自責の気持ちが生まれる…。

 

といったようにです。

ゆりぼうもまさにこんな経験があるのですが、あるとき気づいたんですよね。

 

 

「あっ、これって、この環境で誰も必要としていない常識を無理やり引っ張ってきてるうえに、それで損するのは自分だけじゃねーかよ」

 

ってことに。

 

 

そうなんです。

持ってきちゃってるのは、あくまで「前の職場の常識」。

 

 

いまの職場では、誰も「それ」を必要としていないんです。

それどころか、逆のことを良しとしている。

 

 

そんななか、「前の職場の常識」を握りしめていると、まわりに対して不満を感じるだけでなく、自分ばかりが苦しくなるんです。

 

 

わーーー。笑

なんてアホらしいんやろ。

 

 

 

でもね、これって無意識にやっちゃうもの。

 

なぜなら多くの場合、人はそれを「前の職場の常識」だとは認知できていないからです。

 

 

ではなんだと思ってるかって?

 

人はそれを「世間の常識」だと思いこんでいます。

 

 

本当は、前の職場だけでしか通用しない話かもしれないのに、それが自分の周囲であたりまえすぎたばっかりに、「世間の常識」だと錯覚するんですね。

 

 

だから、それは「前の職場かぎりの常識だった」と気づけない。

 

 

ということだと思います。

 

 

ただ、このことに気づけば、変わっていくものです。

 

 

なんでもアリで多様性に溢れる世の中、「常識」をいろんなところへ持ち込むのは得策ではなくなってきたようです。

 

そんなことで悩まされるのはムダだし、そこそこ柔軟にありたいものですね。

 

 

 

 

 

 

お読みいただきありがとうございました!

 

 

 

 

 

☆現在更新中のシリーズ記事一覧☆

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「誰かを救いたい」という強い感情の正体

 

「誰かを救いたい」

「つらい気持ちから解放してあげたい」

 

 

そんな気持ちになることは、ありますか。

わたしには、よくありました。

 

自分のやったことや言ったことで、誰かが救われたら。

つらい気持ちを、ちょっとでも楽にしてあげることが、できるなら。

 

それはわたしにとって、心から嬉しいことだったし、自分にそれができるんなら、どうにかしてそれをするべきだ、と思っていました。

 

そして、それが本当にできた時は、とても誇らしい気持ちになる。

 

「自分にしかできないんじゃないか」とまではいかなくても、「これがわたしのやるべきことなんじゃないか、もっと多くの人を救いたい」ぐらいには思ってました。

 

 

そう。

 

「思ってました」という、過去形です。

 

 

いまのわたしは、どちらかというと、思ってません。

 

 

 

いまのわたしと、昔のわたしの違いはなにか。

 

 

ひとことで言うなら、

 

昔のわたしは、自分が救われたかったのです。

 

 

必死になって誰かを救いまくってる中、気持ちの根っこの部分では、自分自身が誰よりも「救い」を必要としていました。

 

そう、「自分がこんなにいろんな人を救っているのだから、きっとわたしのことも、誰かが救ってくれるよね」という想いが、きっとあったのだと思います。

 

 

それぐらい「誰かを救うこと」に必死になってた気がする。

それを必死に背負おうと、してた気がする。

 

いつか、自分も救ってほしくて。

 

 

・・・・

 

 

わたしは、そのあと、救われました。

 

わたしを長年縛っていたものから、救われました。

 

 

それは、「誰が救ってくれた」というには、難しいものだったけれど。

 

とにかく、救われて、

でも、そしたら、「救いたい欲求」がなくなりました。

 

 

もちろん、いまでも、

「誰かの役に立てたら嬉しい」とか「誰かを笑顔にできたら誇らしい」とは感じます。

 

でも、「笑顔にすること」と「救うこと」は似ているようで、違います。

 

 

当時の私には、きっと「笑顔にすること」では納得できませんでした。

 

 

「そうではなくて、笑顔なんて余裕のあるものではなくて、もっとつらい状況の人の、気持ちを楽にしてあげるの・・・」ぐらいに、言いそうです。

 

 

完全に、「誰かを救うこと」に執着しています。

きっと、こんな状態では、「自分自身が救いを求めているサイン」だと、今ならわかります。

 

 

だからもし、あなたも。

昔のゆりぼうと同じように感じることが、多いなら。

 

 

まずはなにより自分の心に、耳を傾けてあげてみてくださいね。

 

 

きっと、そこからがスタートです。

 

 

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お読みいただきありがとうございました。

【急募】家庭用のオートシャンプー家電を誰かめちゃくちゃ開発してくれ

こんにちは、風邪で倒れていたゆりぼうです。

 

昨日は38度近く熱がありましたが、今日は1日おとなしくしてた甲斐あってか、だいぶラクになり、熱も下がったようです。うれしひ!!

 

明日は出社できそうなので、当然お風呂に入らないといけないわけなんですが…。

 

 

病み上がりのお風呂って、けっこーしんどいよね。。

 

 

なにがめんどいって、髪を洗って乾かすのがダントツに面倒です。ゆりぼうはいま髪が長いので、具合悪かったりすると、これがけっこーマジでしんどいです。

 

 

 

あー まじオートシャンプー&ドライをしてくれねーかな。

と思い、Amazon先生で検索してみましたが、なかった。

 

次にGoogle先生で検索してみると、同じようなことを考えている人はいたが、結果としてはなかった。

 

あるのは業務用、つまり、美容院とかに置いてあるオートシャンプー台(しかも140慢円くらいするらしい)のみでした。

 

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…なんで??

 

 

なんで家庭用は無いん!?

 

 

このなんでもアリの時代に、オートシャンプーの技術がまさか家庭用まで縮小できないなんてはずもないだろう…と思いましたが、家庭用として販売されていない現実を見ると、なんだろう。需要がないのかな…?

 

でも、需要は意外とあると思うんですよね。

いま、時代はなんでも時短・効率化の方向に動いてて、料理だって掃除だって洗濯だって優秀な家電がやってくれるわけです。(ホットクックとか、ルンバとか、エコナビ搭載ドラム型洗濯乾燥機とか)

 

そんななかで、洗髪をやってくれるロボットがないだと・・・?

介護業界とかでも役立ちそうなのに…?

 

まさか、「美容院業界に気をつかって家庭用の開発はひかえてる」というのもないですよね。これからの時代、良くも悪くもどんな職業も片っ端からロボットに奪われつつあるのに、美容院業界だけ優遇…なんてことはないでしょう。

 

じゃあいったい…どういうことだってばよ…。

 

まさか…

 

まさか…

 

大手家電メーカーの開発者たちが、まだ、誰も気づいていない…とか?(ドクン)

 

 

家庭用オートシャンプー家電の必要性と、可能性に…!!(ドクン!)

 

 

だとしたら、今がチャンスですよ!!!!

いますぐ実用化して販売すれば、どの家電メーカーよりも先にできますよ…!!!!

 

そう、わたしはあなたに言っているのです。

 

 

 

いまこの記事を読んでいる、某家電メーカーの、あなた…!!!

(そんな人いるんかい)

 

 

あなたが…開発…するのです…

 

そして…ゆりぼうに…報告してくれれば…

 

 

当ブログは…全力で拡販を…応援します…!!

 

 

 

ご報告を…心より…お待ちしております…!!!!

(あーまじシャンプーだりーー)

 

 

お読みいただきありがとうございました!

 

 

 

↑で書いてた各家電はこちらです。参考までに。

 

●勝手に料理をしてくれるホットクック

シャープ ヘルシオ ホットクック 1.6Lタイプ KN-HT99B-R

シャープ ヘルシオ ホットクック 1.6Lタイプ KN-HT99B-R

 

 

 

 ●家に放っておくと勝手に掃除してまわるルンバ

 

 

 ●優秀すぎて何回でも惚れるエコナビ洗濯機

 

 

大人が熱だすと子供時代より俄然つらくないですか?

こんにちは、風邪で倒れているゆりぼうです。

 

今日は午前中だけ会社に行って、午後休とって病院行きました。肩や腰など、カラダの節々が痛くて、とにかくダルい。もうとんでもないほどダルいわけです。

 

あまりにダルいので、先生に聞いてみました。

 

 

ゆ「熱もそんなにないのに死ぬほどダルいんですが、どうしてでしょうか?」

 

先「38度近く熱があれば誰でもダルいです」

 

ゆ「それって熱あるうちに入るんですか?39.8の時よりはだいぶマシですけど…」

 

先「39.8のときと比べないでください。38度はじゅうぶん高いです」

 

ゆ「(うそん)」

 

 

…思ったのも、ゆりぼうは2年ぐらい前に39.8の超高熱の腸炎で苦しんだ経験があり、あのときは家の前までタクシーを呼ぶのも命がけなレベルにマジやばかった。気が狂うほどの悪寒で全身が激しく震え、歯がガチガチとなって止まらず、1ヵ月寝込んだあの悪夢。。。

 

アレに比べると、正直「38度くらいで熱って言っちゃっていーんかな」感はある。とはいえ、38度でも仕事ができずに布団の中で苦しむには十分辛いのだが。。。

 

でも、思えば、子供の頃って熱に対してもっと強かった気がする。

本人は自覚ないけど、なんかテンション高いなと思ったら熱だったとかフツーにあったし、友達に至っては「39.8でもフツーにもののけ姫観てた」子もいた。

 

子供って熱に対して良い意味で鈍感なのかな?

大人になると37度ちょいの微熱でもダルくて仕方ないんだから、たまらない。。。

 

 

ところでゆりぼうはクソガチ熱ぽよなので明日はおそらく会社を休むのだが、漫画を読んだりアニメを見たり、そういった休息をできる余裕がほぼないくらいには本日も苦しかったのでそこは残念な限りである。

 

そういう楽しみは元気になってからするとしようか。

はやく元気になって、ずっと看病してくれてる彼にいろいろしてあげたい。。。

 

 

 

お読みいただきありがとうございました!