会社辞めた28歳が10ヶ月離職して再スタート★虹いろココット

やりたいことを見つけたい、今を変えたい、でもやっぱり無理。そんな気持ちを、ぜんぶ大事にココットのお鍋に入れて。そっと火にかければ、きっと綺麗な虹色になる。

なにを成し遂げたって、それができていなければ人生0点。

 

ハーイ、こんにちは!

ゆりぼうです。

 


さっそくですが昨日の続きからいきます。

自虐的でいるとどうなるか、自尊心が必要なのはなぜか、その育て方は…という話でした。

 

 


昨日の記事はこちら!

(1~2分で読めるかと思います)

start-mylife.hatenablog.com

 

 

 

ではGO!

 

 

 

●【自尊心の育て方】

 


自尊心の育て方は、大きくわけて2つです。

 

 


●今ある「自尊心を傷つける習慣」を少しでも減らす

 


●「自分を認め、大切にする気持ち」をちょっとずつでも育てていく

 

 

 

この2つです。

どちらかというと、Aが進まないとBも進みにくいかとは思います。

 


詳しく見ていきましょう。

まずAから!

 


●今ある「自尊心を傷つける習慣」を少しでも減らす

 


昨日の記事で、自虐的/自責的だったり、自尊心がない人は、何をやっても以下のような傾向だということを書きました。

 

 

●なにか起きるたびに、自分のせいだと責める

 

●なにか褒められるたびに、それはお世辞で自分にはそんな価値がないと卑下する

 

●なにかするたびに、自分はこんなにもできないのかと、悲しくなる

 

●誰かと関わるたびに、自分なんかと一緒にいてもらって悪いと考える

 

 

 

 

まずは、上のこの苦しいやつの頻度を少しでも、そして、1つでも多く、消していくのです。

 


そのためにやれることは、まず、

 

 

①自分がそういう感覚になっていることに、まず気づく


②これらの感覚は、自分にとって一ミリもメリットにならないことをよく自覚する

 

です。

 

 

まずはここからです。

 

 

たぶん、少し意識すればすぐにでも、「あっ、自分はいままさにそんな状態になった」と気づくことができると思います。

 

 

そして、それをしても自分の人生には何のプラスにもならないことを、はっきりと理解しましょう。

 

 

昔のゆりぼうは、すでにここからつまずいていました。

昔のゆりぼうは超がつくほどの完璧主義者。

 

「自分を責めなくなったら、途端に怠けてしまい、成長が止まる」と思っていたのです。

 

今思うと、完全にどMでしょうか。

当時はそれを信じていましたが、結論から言えば、全くそうではありませんでした。

 

たしかに、「自分はまだまだダメだ」と考えて、自分を追い込んでなにかを成し遂げたり、成長できたりすることはあります。

 

試験勉強など、長い人生の中で見た時に「一時期的なモノ」ならそれでもかまわないでしょう。

 

でも、いつもいつもそんなような自責思考では、長期的に見て非常によろしくないのです。

それは、たとえるなら疲れて走れなくなった馬に、エサも水も休憩も与えず、ムチを打ち続けるようなもの。

もちろん、馬にきちんと食事と休息を与える方が、効率よく走れるし、長生きできそうだということは、みなさん分かるかと思います。

 

でも、馬で考えればわかるのに、その対象が自分になった瞬間、そういう考えが出来なくなるのが自尊心の低い人。

 

馬の話は理解できても、

 

「いや、でも私の場合はダメだから…」

「それは甘えだから…」

「自分はエサとかもらう資格もないから…」

 

 

みたいな!!

自分のことになった瞬間、話が適用できない。

つまり、自分に対して、肯定的な態度をとることができないのです。

 

これはマジックかなにかかよ…!、と昔の自分にツッコミたい。

 

そういう、昔のゆりぼうみたいな方々がもしいらっしゃいましたら、いいですか。

 

 

それは馬に対しては虐待です。OK?

つまり、自分に対して毎度、虐待してることになります。

 

 

これは、よく考えてみたら、わかる話でもあります。

 

 

あなたの人生の主役は、あなたです。

 

これは、詩的なセリフでもなんでもなく、

 

 

あなたが、ひとつの生き物として生きていこうとするとき、それを主観的に経験できるのは、他のどの生き物でもなく、あなたしかいないということです。

 

 

つまり、自己中がどうだとかモラルがどうとかいう考えを取りはらって、ひとつの生き物の個体として考えたとき、

 

あなたという生き物の人生は、あなたという個体が、どれだけより良く、その人生を過ごせたかどうかなのです。

 

 

人生をどう生きれば「より良い」と言えるのかは、ここでは議論しませんが、

少なくても、あなたが毎日憂鬱で、自信もなく自虐的になりながら生きているよりは、

自分に対して肯定的な気持ちで毎日過ごす方が、いいはずです。

 

 

極端な話、

 

誰にも認めてもらえなくても、自分だけは自分のことを認めてあげる 

 

のと、

 

誰にも認めてもらえてるけど、自分だけは自分を許せない・責めている 

 

のは、

 

どちらがいいと思いますか?

 

 

ゆりぼうの人生は、つい最近まで、後者でした。完ぺき主義だったのでたいていのことでは成果を出します。人からも認められ、うらやまれることもありました。

 

でも、自分の心はいつだってカラカラに乾いて、ボロボロでした。

 

 

何をどこまでやっても、何を手に入れても満たされなくて、もうあとは何を一体どうすればよいのか途方に暮れて、ひたすら苦しかったです。

 

 

でもそこで気づきました。

 

 

なにかすごいことを成し遂げても、

誰かに認められても、

多くのものを手に入れても、

 

 

自分が自分のことを認めてあげられてないと、わたしの人生的には0点なんだ、ということが、わかりました。

 

 

つまり、わたしは色んなことを頑張って成し遂げてきたように見えて、ずっと自分に虐待をしてきたということでした。

 

それに気づいたときは、哀しみと苦しさが溢れるようで、でも、それに気づくことができて安心できたような、とにかく強烈な感情だったことを覚えています。

 

 

話を戻しますと、自尊心がない、自分を認めてあげられないのは、自分に対しての虐待に等しいと、ゆりぼうは考えています。

 

 

だからこそ、

「それは自分の人生において、なにひとつプラスにならない。もう、やめるべきなんだ」と、自分で気づき、強く思うことが大切なのです。

 

 

 

長くなりましたので、今日はこの辺で。

また続きます!